遺言書と家族の関与で思う事
遺言書は、あたりまえなことですが遺言者が作成するものです。公正証書遺言は公証人が文書にしますが、内容は遺言者自身の意思を公証人が公正証書にするだけであり、やはり遺言書は遺言者が作成します。しかし、遺言書の作成には家族の思惑が大きく関わることが往々にしてありますし、それが良い事なのか悪い事なのかの判断はとても悩むところであります。
遺言書のお手伝いをしておりますといろいろな相談がやってきます。書き方や公証役場の手続きの仕方などいろいろですが、その中でも多い多いものはこのような相談です。
「父の遺言書を作りたいがどうしたら良いか。」
また、このようなものもあります。
「父と兄が遺言書を作ったが、全財産を兄に相続させ、弟の私には財産をやらないという内容だ。何とかならないか?」
このような相談に共通するのは遺言書を作成したいと依頼してくるのは遺言を残したいという本人ではなくその家族であったり、また遺言書の作成に一部の家族のみが関わってい場合です。もちろん「父」の部分が母や兄弟であったり、「兄」の部分が遺言者が入所する施設であったりとケースは様々です。
遺言書は人の財産を恣意的に移動させることができる道具です。本来の趣旨に従い作成されれば良いのですが、悪意を持って作成すればトラブル元になります。また、遺言書を作ることで誰かの財産を自分のものにできるのであれば、遺言者本人を上手く言いくるめ、ひどい時は偽造をしてまで自分の都合の良い遺言書を作成したいと思う人もいるでしょう。
遺言書は本来は遺言者自身が自分の意思で作成するものです。そのため、上記のような質問があった場合は慎重にお答えする必要があります。下手な説明をすれば本人の意思に背く遺言書が作成されかねませんし、私自身もトラブルに巻き込まれてしまうかも知れません。
ところで遺言書を作成するのに家族の協力を得ることは良くないことでしょうか?上記のような例を挙げた後では家族などの関与はあまり良い感じはしないかも知れませんが、私は遺言書を作成するには家族や周囲の人の協力は大切であると思います。むしろ、環境が許されるのであれば遺言者と相続人が遺言書の作成のために事前に話合いをして意思を共有しあっておく事が望ましいと思っております。大切なことは関与の仕方だと思っております。
例えば、なるべく偏った家族のみで遺言書を作成することは避けた方が良いでしょう。また、遺言書を残したなんて知られたら恥ずかしいと思われる人もいらっしゃると思いますが、文章や内容に迷ったら奥様や旦那様の意見も聞いてみてはいかがでしょう。
また、家族全員そろって遺言書を残すことを前提にこれからの家族のあり方を考えても良いと思います。遺言を残すお父さんと同居するのはだれか?そうなれば住居や生活費はどうするのか?介護などが発生したらどう対応するのか?これらの懸案事項を家族で話合い、家族が同意した上でそれに則した遺言書を残すというのは理想的過ぎるでしょうか?
現実にはこうはいかないかも知れませんが、このような遺言書であれば家族の関与は歓迎すべきだと思います。
しかし、現実にはこう上手く行くことは少ないでしょう。むしろ、やはり家族の一部が関与せざるを得ない場合もあり、そして相続人間で偏った内容の遺言書を作成しなければならない事情のあることもあるでしょう。
例えば息子が二人おり、兄弟で疎遠になってしまっている。父は身体が衰えて来ており介護が必要となりそうである場合、普段から世話をしてくれる弟夫婦が父と母との同居を申し出てくれたとします。弟夫婦は借家であまり家が大きくなく、大人4人が暮らすには手狭なため、父の家を建替えて同居することになりました。父は金銭的な財産がないため弟夫婦がお金を出して立て替えることになりました。この場合、父名義の土地に弟夫婦名義の建物が建つこととなります。このような場合、遺言書なく相続がされた場合どうなるでしょう。土地の権利の半分は父の世話をすることのない兄が相続することとなります。そうなると弟夫婦は兄が半分権利を持つ土地に暮らさないといけなくなり、不安定な思いをすることになってしまいます。
それでは困るため兄と話をしたいのですが、従来より不仲である兄は全く取り合ってくれず、やはり父母と弟夫妻のみで話しを進めなければなりませんでした。そこで、弟は土地はすべて弟に相続させる旨の遺言書を父に書いてもらうことにしました。これは父はもちろん母も賛成であり、すべては上手く行くと思われました。しかし、役所の無料相談で相談員に言われたことは、「お兄さんからしたらすべての財産を弟にとられたと思うのではないですか?そして、お父さんに土地以外の財産がなければきっとお兄さんは遺留分減殺請求をしてくるでしょう。」父、母、そして弟夫妻は兄との話合いをすることなくこの遺言書を作成することにとても罪悪感を感じてしまいました。しかし、容体が悪くなる父にはなるべく早く同居してあげなければならず、遺言書を残す決断も一刻を争いましたが、何が一番良い方法なのかを決める事ができず、また悩むことになってしまいました。。。
このような例では、弟夫妻が父の遺言書の作成に関与しています。兄は関与せず、また兄には財産を残さない旨の遺言書なので、兄から見たら(兄がそもそも親不幸な者であるなどであっても)理不尽だと思うでしょう。法的には遺留分減殺請求など、兄を保護する法律も存在します。
しかし、事情を総合的にみたとき、父のことを考えればこのような遺言書を書いて欲しいと願う弟に悪意はないと言えるでしょう。
遺言書を作成する際の家族の関与について書いてみましたが、実際は答えはないのだと思います。家族の事情は家族ごとに異なりますので、一概には言えません。それに、同居や介護、父や母の幸せを考えれば遺言書をどう作成しようとも、遺言書のみですべてを解決することはできません。難しいところです。
遺言書の作成をする際はそれをきっかけに家族のあり方や自身の今後について再確認できるタイミングとなればよりよい遺言書が作成できるのだろうと最近改めて思った次第です。